どうも、最近オタとばっかり飲んでるような気がするてらです。
ちなみに、私はただのオタクです。笑
いま、事件に関して色んな意見がありますが
”成人式やSNSで被害者に触れないのは残念…”
という意見をよく聞きます。
私も気持ちは分かるんですが、なんとなーく違和感を感じていました。
私と同じように思ってる人も少なからずいるかと思います。
そんなモヤモヤした違和感をクリアにしてくれる記事を見つけたので、共有します!!
ちなみにこの記事はnoteというブログとSNSの間みたいな新しいプラットフォームで書かれてます。
自分も将来的にはこれもやってみたいと思ってまして、最近よく読んでます。
ブログの読者さんの幅も広がるとも思いますしね!
まぁ、もうちょっと記事を書くスピード上げないと厳しいですけど。笑
あと、いつもより文字の割合多めですが、ご容赦ください。
noteの紹介
タイトルは”信じるけど、期待はしない”と言うものです。
この記事を普通に読み進めてもらって、最後に元記事を見てもらってもいいですし、
”お前の講釈なんて聞きたかねぇーーんだよ!!!”
と言う方はまず元の記事を読んでください。
ではでは早速、講釈を垂れたいと思います!笑
いきなりですが、一部引用します。
それは「人を信じること」と「人に期待すること」を混合している人が多すぎるのではないか、ということです。
「期待」というのは、人間関係を壊す大きな原因のひとつで、どちらかというと「責任転嫁」に近いのではないかと思っています。
なるほどなるほど。
めちゃめちゃ分かるよ言いたいこと。
ただちょっと分かりにくいので、より分かりやすいところを引用しますと
期待って相手を縛るものだと思うんです。
信用や信頼に比べて、エゴが強いです。
仮に期待をして、それが叶わなかったとき、期待をした自分が悪いと思うのならいいのですが、期待を裏切ったとして相手を責めたり、怒ったりする人がけっこう多いです。
それはもう、とんでもない筋違いじゃないかと思うのです。
ちょっと話が飛ぶんですが、私は修羅の門っていうマンガが好きなんです。
その中で、試合前に怪我をして病院に行った時に、”残念だが試合は無理だ”と医者に言われた主人公は
”勝手に期待して、勝手に落胆してくれるのはいいけど、俺は出るよ”
と言い放って、試合に向かいます。
確かに人って勝手に期待して勝手に失望するよなーと思って、いつも読んでます。
始めに書いた
”成人式やSNSで被害者に触れないのは残念…”
っていうのに対する違和感ってこれじゃないかなと思うんです。
勝手に期待して、勝手に失望してる。
というエゴが違和感の正体なのかなと。
ここまで読むと
”信じてるから期待してるんだ!期待して何が悪い!!”
と思う方もいると思います。
私もフラットにここまで読み進むとそう思うと思います。笑
そこについては、こう書かれてます。
信じることは、相手を受け入れること。
期待することは、相手に自分の理想を押し付けること。
この2つの違いは明確にしておかなければいけないと思います。
この3文はPCの背景にして毎日心に刻まないといけないと思いました。
信じることと期待することは違う。
相手に自分の理想(エゴ)を押し付けてはいけない。
そうじゃなくて、相手を受け入れよう。
まさにオタが心に刻むべき言葉です。
この記事はこう締めくくられてます。
好きだけど、信じているけど、期待はしない。それが私の理想です。
これがオタクにとっても在るべき理想の姿だと思いませんか?
最後に
こう書くと、どうせ
”盲目的に信じてるオタクはイタい”
とか言われるんでしょうが、まぁ知ったこっちゃないです。笑
前回に引き続いて名言を紹介すると
Some people feel the rain. Others just get wet.
雨を感じる人もいれば、ただ濡れるだけの人もいる。
このnoteや紹介記事を見て、色々考える人もいれば、何も考えない人もいるんでね。
ではでは、今回はこの辺で!