オタク物語【第3章】~それはガチじゃん~

f:id:terangt:20181018222952j:plain

いつもありがとうございます。

新潟満喫中のてらです。

 (本当は新潟行く前に書いて、自動投稿してるんですが…笑)

では第3章をご覧ください!!

前編はこちら

www.tera-ippaiwarae.com


私のNGT初日を終え、私はリベンジに燃えていた。

”もっと前で見たい。”

 

確率統計については学生時代の麻雀で鍛え上げたものがある。

もっと前で見るためにすべきこと。

それはビンゴの試行回数を増やすこと

つまり、たくさん投げることである。

 

そして試行を重ねること4回目、ついに最前を引くのである。

ビンゴ4順だったのだが、なぜか最善中央の下手側が1席だけぽっかり空いていたのだ。

私はシアターの女神に感謝した。

 

そして、まほほんに鬼レスされ、心が揺らぐのだが、ここはまぁいいだろう。

 

その後も月1くらいで公演に入り続ける日々が始まった。

 

誇りの丘公演初日は当たってないのにモニカンだけしにいった。

 

富山の山奥で消耗した精神を支えたのは、紛れもなくNGT48であった。

 

この頃、ふとある考えが頭をよぎった。

”新潟来て、公演見てすぐ帰るのってもったいなくないか??”

その日の夜から、私は新潟の夜を徘徊するようになる。

 

公演終わりから古町に移動し、ビールを飲むまでの早さで私に敵うものはいなかった。

いや、今もいない。

 

いまや特にNGTイベントがなくても、チャンスを見つけて新潟に飲みに行くようになってしまった。

そうして、すこしづつNGTだけではなく新潟を好きになっていった

f:id:terangt:20181108221659j:plain


初握手

当時の劇場公演は、今よりもはるかに女性や若い人が少なかった。

なので、当時ぎりぎり20代の大島優子と同い年の私はかなり若手。

若手で私はいわゆるオタクっぽい格好もしてないので、そこそこ目立っていた。

 

さらに、公演でゆかちゃんポジ正面で最前を取ったことがあり、

そのときは、お見送りに出てきたゆかちゃんとお見送り開始まで二人でしゃべっていた。

 

そのこともあってか、前前前世からの付き合いのように、初めての握手といいつつ初めての気がしない。

 

”初めて握手来ました”

”うそー、知ってるんですけど”

”いやいや、握手ははじめてやから”

”ほんとに?しゃべったことあるよね??”

 

最初の握手からこんな感じだった。

純情主義と書いて、”てら”と読む。

こんなに誠実に生きている私をウソつき扱いとはひどいものである。

 

少し時間をさかのぼる。

 

この頃のゆかちゃんの握手は今よりもハチャメチャだった。

 

”握手会始めまーす!よろしくねー!!”

握手の開始時には、イスの上に立ってブースの上から顔出して叫んでた。

 

”荻野由佳でーす!握手きてくださーーい!!”

こんなことを周りのレーンに並んでる人に向かって叫んだりもしてた。

 

”おもしれーやつだな”

”これだから、ゆか推しはやめられないw”

 

そんなことを言いながらレーンに並んでるオタも多かった。

 

握手となると、ぎりぎりまで握手の手を離さない。

”荻野にはがしを付けてほしい。”

そんなことが言われるほどであった。

 

当時のゆかちゃんはお世辞にも人気メンではなく、今のようにレーンに長い列が出来ることなんて想像できなかった。

新しく興味を持ってくださった人もNGTに加入するまでの努力は知っているだろう。

そこだけでなく、こんな努力をしてきて人気を得たことを知って欲しい。

f:id:terangt:20181108222056j:plain


重ねる足跡

こうして立派なNGTオタになった私。

握手、公演に通う日々であった。

 

始めは”さん付け”で呼ばれていたはずなのに、気づけば”てらさん”になっていた。

さらには”てらちゃん”になり、”おい!てら!!”となった。

 

継続は力なり。

自業自得。

あなたの代わりはいない。

残酷な雨。

 

この変遷については色々な捉え方が出来よう。

 

私は幸か不幸かプラスに捉えている。

 

 

続く